キルケ
p.97
昔、とても遠い昔、またはとても遠い未来に或る国がありました。
その国はチチという情熱的な女性の支配により統治されており、彼女は百年以上も続いた
領土戦争で全世界の大陸の大部分を持っていました。
女王の土地を広げてあげた1等功臣はサヘルという騎士でしたが、銀色に輝く髪の毛、
冷たくて切れ長の目つき、信じられないほど白い肌をした美しい女性でした。
しかし、彼女は殺戮狂という不名誉な別名を持った戦争マニアでした。
7年前の領土戦争では剣をひとくちだけ持ち、一人で三百人を殺したという話が今でも
伝説のように流れているようです。
宝石を排泄するという嘘のような噂の女王チチは神とのある取り引きで老年の年齢にも
かかわらず、乙女のような姿で、別々の夫からもうけた二人の息子がいました。
一番目の息子、サディンは女王の父親筋に見える容貌の学者で、二番目の息子カジマは
女王が風の神との間にできたという裏話の悲しく見える浮気者でした。(?←kasuke)
そして末娘、私達の主人公である王女様は女王の単性生殖で、ある雪の降る日、生まれました。
完全な自身だけの子孫を得て、大変喜んでいる女王に、古くからの友人である大魔法師、
キルケが訪ねて来ました。
「美しい子孫をお持ちになられましたね。特別な祝福を捧げたいと思います。しかし、
あなたは王女様のために私が準備した二つの祝福から一つだけを選択されることができます。
一つ目の祝福は王女様がお望みになるただ一人の方から一生の間、そして死んでも変わらない愛を
受けるようにしてさしあげます。
二つ目の祝福は王女様がお望みになるただ一人の方を除外した、世界のすべての人々から一生、
そして死んでも変わらない愛を受けるようにしてさしあげます。
どちらをお選びになりますか。女王様?」
虚栄心がおおい女王はあれこれ言うこともなく、二つ目の祝福を選択しました。
p.98
いつの間にか長い時間が流れ、王女は美しい娘に成長しました。
声は蜜のようで、人の心をとりこにし、瞳は深く澄んだ湖のようで、誰もが瞳を見ると嘘を
つくことができず、心を奪う程美しい髪は露を結んだ蜘蛛の巣のように細く輝き、頬は桃の
ように芳しく柔らかでした。キルケが約束した祝福ではなくても、世界のすべての人々が王女を
愛していたようでした。すべての可愛らしい単語は彼女を呼ぶために作られた言葉で、性別と
年齢に関係なく、世界のすべての人々が彼女を心から愛しました。世界のすべての求婚者が
彼女に求婚しました。
しかし、キルケが持って来たものは祝福でない呪いでした。
キルケには受容することのできる人間と受容することのできない人間がいました。
女王と大魔法師キルケは友人でしたが、キルケに女王は受容できない人間で、彼女は女王を
心の中で深く憎んでいたのです。
キルケの約束の通り、王女はすべての人々の愛を得ました。
ただ一人の騎士、サヘルを除いたすべての人の愛でした。
p.99
王女は15歳くらいになった誕生日のパーティーで暫らく宮殿の庭へ風に当たりに出ていきました。
自身に向いた盲目的な愛情を絶え間なく表現する人々の中に取り囲まれていることも、本当に
疲れ果てているからでしょう。私達の王女は可哀想に、一日中人の手に抱かれていた小さい鳥の
ように疲れていました。
庭のブランコに乗り、雪の中にも見事に咲きはじめている赤い花の濃艶する香に酔っている時、
彼女は不幸にも、しかし、運命的にパーティー会場に向き、庭を横切っているサヘルを見て
しまいました。勿論、その前にもサヘルに会い、話をしたことがありました。しかし、人には
ある特定の瞬間に、特定の人に特別に反応する能力があるではないですか?
その日の夜、冷たい戦争マニア、女王の首席騎士、サヘルに向けて、王女は決して報われる
ことのない深い深い愛を始めたのでした。
彼女の冷静さも、彼女の冷たく白い肌も、彼女から漂う独特の金属の香も、みんなすべて心が
痺れる程に恋しいものでした。王女は一秒も休まずサヘルを想い、彼女と会える瞬間を指折り
数えて待ちました。退屈な業務報告も、めったに入ることのない軍事会議室も、何時間もかかる
高位官職会議もすべて彼女に会えるという嬉しさで胸が高鳴ることがありました。しかし、
どんな会議、どんな業務報告でもサヘルは王女に視線さえもやりませんでした。
生まれながらに、世の中に存在するすべての人々の愛情をただ受けるようにだけなっていたため、
愛を求めようとする努力がどういうものか、全く分からないでいる王女としては、自身を愛さない
彼女をどんな風に愛さなければならないのか想像もつかないのでした。王女はサヘルを見て、
一日に何回も天国の歓喜と地獄の絶望の間を彷徨するしかないのでした。
あなたも誰かに強い魅了された愛を感じたことがあったなら、分かるでしょうけれど、
こんな境遇の人は一日中軽い興奮状態に入っているため、食べなくてもお腹は一杯で、
眠らなくても疲れず、大したことではない刺激にも訳もなく心臓がやたらにどきどきし、
耐えることができず、甘い気怠さに完全に酔い、雲の上を歩いて行っても、瞬間、瞬間に襲ってくる
強い不安と酷い羞恥心に首を振ることでしょう。普通はただ1、2ヵ月ぐらい持続 するこの愛の
興奮状態が、私達の主人公、虚栄心多き母親と冷たいだけの好きな人を持つ可哀想な王女には、
おおよそ一年が過ぎるまで続きました。ずっと愛らしかった王女は愛の喜びと愛の苦しみに深く
沈んでいる間、悲しみを抱いた致命的な美しさの持ち主として、早く成熟しました。当然、王女の
崇拝者達は更に増え、彼女に会うために訪問する旅行客達は更に遠いところからやって来て、
王女がパーティーでため息をついたら、翌日、宮殿を囲んで覆っても余る花と贈り物が配達され、
彼女を慰め、女王は娘のために全世界から選りすぐった三千名のミドン(?←kasuke)で
満たされた宮殿を贈りました。王女の兄弟のうち、サディンはもともと巧妙な学者として名前が
高かったのですが、妹に対して自分で受け入れることのできない欲望のために皇族の身分を捨て逃亡し、
ある神殿の求道者になってしまいました。
p.100
しかし、王女はやはり自身を分かってくれないサヘルのために、このすべての人の愛にも
かかわらず、徹底的に寂しかったのでした。
女王の引き止めにも、サヘルを追って戦場に出て行ったこともあり、突然、サヘルの屋敷に
訪ねて行き、傍らで眠っていた夜も少なくありませんでした。
高価な宝石と貴重な鎧、それだけでなく神の食べものや武器を贈ったこともあります。しかし、
王女が愛するサヘルの冷たい瞳が見ているものは、王女でも、宝石でも神の食べものでも、
どんな人間でも、どんな物でもない、何でもない、ただのものでした。
サヘルは勿論、王女に忠誠を捧げ、どんな要求にも服従してきたけれども、王女もサヘルに
「私を愛しなさい」という命令はできないこと位は分かっていました。
そして、その後もサヘルが自身を愛するようになることは絶対にないだろうということも
よく分かっていました。
結局、王女は傷だらけになり、サヘルを諦めようと決心しました。
第二皇子、カジマの友達であり、腹違いの兄弟である夢の神の求婚を受け入れ、神の国に
行ってしまうことにしたというのです。
女王は王女が自身の国に一ヵ月、神の国に一ヵ月ずつ住むことを条件に結婚を承諾してあげました。
夢の神は飛び上るほど嬉しく、王女へ神の寿命と神の能力を贈ると約束し、女王が統治するすべての
領土から悪夢を追い出してあげました。10日間も結婚前の祝祭が続けられ、すべての人々が飲み、
踊り、歌いました。空から雪のような花びらが降り、神の楽士達が演奏する天上の音符が喜びになり、
町に流れました。そして、王女は宝石でできた糸で織った結婚ドレスが掛かっている自身の寝所で、
雨が降る冷たい土地の戦場で戦っているサヘルのことを考えていました。明日には結婚式が行なわれ、
まだ一度も行ってみたことのない神の土地に入って行くのです。女王からそこがどれだけ美しく、
幻想的か聞いたことがあります。女王さえ神の地に初めて行った時、感動の余り、一日中、涙が
止まらなかったといいます。人間として生まれ、神になり、神の国に行くということは本当に祝福を
受けたことに違いありません。
p.101
しかしながら、真実を話してみましょうか?
王女は魔王が住む地獄の一番深いところに落ち、永遠に燃えるといっても、サヘルの愛を得ることさえ
できれば、躊躇うことなく、そうしたのです。
万一、魔王が「サヘルをあげるから、お前の母親、兄弟、お前の人民を私に売れ」という要求を
したら、躊躇することなく売ったのです。
そして、王女はいつかサヘルに初めて愛を感じた散らない赤い花の庭に向かいました。晦日の月が
青く光り、風は花のネウム(?←kasuke)を含んで吹いて来ます。
空から降る白い花びらの中に、一年前の子供から成人に一気に育ってしまった自身の姿がまた
物凄く感じられます。
王女は持っていた短刀を心臓に向け、低く呟きました。
「何故、私を愛してくれないの?」
美しく、美しい両頬に涙が流れます。
そして、間もなく、王女は短刀を心臓に刺したまま、雪のように白い花びらが積もった赤い花の庭の
上に赤い血を流し、永遠に眠ってしまいました。
王女の逝去に世界が悲しみに沈みました。
夥しい数の崇拝者達が彼女を追って死を選び、彼女の婚約者の夢の神が衝動で倒れ椅子に伏した
はずみに、人々は眠っても夢を見られなくなりました。求道していた第一皇子のサディンは完全に魂が
出ていった姿で葬儀に参列さえできませんでした。葬礼式に参列したすべての人々が込み上げてくる
深い悲しみにむせび、経帷子に変わったウエディングドレスに包まれ、蒼白く瞳を閉じている王女の屍を
女王は何時間も茫然と抱いていました。
女王は全世界に高名な彫刻家をすべて召集し、信じられないほど早い速度で王女の銅像を作り、
宮殿の中に立てました。値段を付けることのできない巨大な象牙で作られ、あらゆる宝石で装飾された
王女の等身像が宮殿でも見晴らしが一番美しい南の回廊の、前の廊下にだけ九十九体、あと、宮殿の
隅々に数百体立てられました。
女王の最後の領土戦争で記録される、北方の雨が降る寒い国での戦争をやはり勝利に導き、
世界征服の課業を完遂し、帰った首席騎士、サヘルは悲しみに沈む女王を南の回廊で謁見し、
廊下を通り、その時になってはじめて王女の姿を見てあげました。
そして、やっと彼女に言葉をかけてあげました。
「お元気ですか?」
サヘルが体の向きを変え、平素の冷静な足取りで回廊の廊下を通り、さらに不思議な姿が
見えなくなった時、
生きていた時のように、美しい王女の銅像が静かに涙を流しました。
>>back >>next >>shadow of your smile - top
>>poetry & lyrics from Asia >>home