魔王

      p.85  
      余り知られていない事実であるけれど、
      すべての人間は生まれた時から、
決定されたいくつかのものを持って生きて行くようになっている。
      皮膚の色だとか瞳の色の様な常識的なこと以外にも、将来会うことになる配偶者ーまたは配偶者達、
      持つことになる子供の数と名前等々、あなたが今すぐに知りたい様々なことが、もう既に、宇宙の
      プログラムの中に完全に決定されたまま入力されているのだ。そして、また、よくは知られていない事実で
      あるけれど、いや、もしかすると、知られている事実であることもあるけれど、人間は初めから公平でなく
      生まれるのだ。私達はどこの国に生まれるか、どんな家庭で成長するようになるのか、選択できず、
      
この二つのことでも大体の人生の経路が決定されているのだと見ることができる。
      更に宇宙のプログラムはこの程度では人間をそんなに不公平に待遇することができないと判断しているので、
      それだけでなく、私達がどんな恋愛をするようになるのか、どんなタイプの相手に会い、どんな愛の経路を経て、
      どんな結末を迎えるようになるのか、みんな入力してあるのだ。その一つの例として、宇宙の中央システムでは、
      あなたが生まれたらすぐに自分の気ままに運命のくじ引きのプログラムを実行、あなたを次の<表1>の
      七つの部類の中の一つにしわくちゃに入れてしまうのだ。
                                                         <表1>

分類
百分率
備考
第1グループ
0.3%
人間としてできるもっとも幸福な恋愛をできるグループ
第2グループ
12%
熱烈に愛し、平均一ヵ月に一日位不幸なグループ
第3グループ
15%
日常的な恋愛をし、一週間に一日位不幸なグループ
第4グループ
45%
親近感で成り立っている関係で一週間に三日不幸なグループ
第5グループ
15%
不自然な関係で、一週間に二日位幸せなグループ
第6グループ
12%
会ってはならない相手と不可避な理由で結ばれ、お互い憎みながらも
別れることができず、十日に一日ぐらい幸せなグループ
第7グループ
0.7%
一生、一度も愛の中で心から幸福になれないグループ

      しかし、最近、七番目、最後の呪われた0.7%に対して、宇宙の中央システムが若干の計算錯誤をおかしたことで、
      汎宇宙的な秩序と平和維持に悪影響を及ぼす良からぬ事件が起こり、この分類体系は存続が危うくなったが、
      その計算錯誤は魔王の存在を中央で殆ど忘れていたことに由来している。事件の経緯は次の通り。


      p.86
      報告書
      7段階分類の七番目のグループの消滅に対しての経緯報告

      7段階分類実行監督委員会 
      第7グループ管理担当者事務室

      中央システムにこれと同じ報告書を提出するようになったことを遺憾に思います。
      本報告書に記録された事項は諸行政官の厳格な調査で真偽の程が判別される内容で、
      全て実際に勃発していた事件です。

      周知の事実と同じ様に、私が管理している第7グループの人間はいつも悲しい恋愛だけをし、一生寂しく
      生きていくようにプログラムされています。彼らはいくら努力しても、傷を受けたり傷を負わせない
      相手に会い、平穏な恋愛をすることはできず、周りからも応援してもらえず、様々な状況も従ってはくれず、
      いつ、どうやって、どんな人に会い、愛に溺れてもいつも不幸な結末にだけ駈けて行くのです。
      ただ一人でいる時からいつも涙を流していることが正常であったのです。当然、彼らの瞳は異なった
      ある部類の人間のそれより美しいので(一部、知識のない抗システム運動家達は人間の権益を無くしたまま、
      第7グループを存続させる中央の意図は、彼らの瞳で中央で流行している宝石を作るためなのだと、主張して
      いるのですが)、湖と同じ様に深く、澄んでいて透明な存在感があるのでした。言ってみると、渓谷の流れる
      水に浸かるガラス玉みたいなものでしょう。
      しかしながら、彼らは悲しい愛の代価として持つものであれば、「美しい瞳なんかは捨ててもいい」と
      考えました。一生、悲しい愛の宿命から逃れることができなかった彼らは、万一、プログラムを代えることさえ
      できれば、どんな犠牲でも甘受する覚悟ができていたのです。ですから、彼らは毎日祈りました。中央でも
      もちろん彼らの祈りを聞いていましたが(やはり、一部の知覚のない無システム主義者達は中央が聞いて
      くれてもいない祈りをみんな吸収して、主要の動力として使用していると、稚拙な主張もやたらに言い放って
      いますが)、彼らはどんな代価でも支払う分、悲しい愛の運命だけは取って下さいと毎日ひたすら祈りました
      (正直に言ってみると、私は時々彼らの祈りを聞いて、何故か心が痛くなり、共に泣いたこともあります。
      私に能力があったなら彼らを幸福な愛に引導してあげたい程、哀れみの気持ちになりました。
      中央の祈りの入力部の担当者のウリエルは全く第7グループからの祈りは確認もせずに自動入力しているというのです。
      個人的な質問ではありますが、少しは彼らを幸福にしてあげてもいいのではないでしょうか)。
      しがなく、一日に数十回ずつ反復されるかれらの祈りは中央で聞いてもらえない以上、決して成り立つことのない
      望みであるだけでした。そうしたある日、彼らは具体的に「何々を代価にして」と、祈りを始めました。
      時として、それは自身の財産や健康であることでもあり、職業や大事な宝物、それだけでなく、幸福な恋愛を
      して死んでもいいと生命を委ねる無謀な祈りをする人もいました。そして、第7グループの多くの人が
      自身の美しい瞳を捧げると祈ってきました。

      p.87
      彼らが祈りを通して、迸しる念願の深さは私もちゃんと判断できず、無限大に深いのでした。
      石を投げれば、十日も一ケ月もずっと落下だけしているような、永続の念願でした。
      よくご存じでしょうが、人間の念願というものは使用することにより、とんでもない結果を招来することも
      ある恐ろしいものです。私の事務室は私が管理する第7グループの人間が迸しる念願のエネルギーのために
      湿った重い空気で一杯に満ち、ついには、前回、報告書に記録した通り、端末システムの連結回路に赤黒い
      湿気が固まりつき、38時間の間、業務が不可能な事態を招きました。そして、その38時間の間、良からぬ
      決定的な事件が起こっていたのでしょう。

      もう、一万年近くの時間の間、世界の底の暗黒の沼で眠っていた魔王を覚えていらっしゃいますか? 
      中央との戦争で傷を負い、それを治療するために冬眠に入っていたという噂だったでしょう。その魔王が
      目覚めたのです。
      暗黒の沼に派遣していた、私達の情報部員達の報告書の通りであるならば、まだ、あと2千年程休息を
      取っていなければならない魔王です。中央でもこのように早く魔王が目を覚ますだろうとは予想できない
      ことと分かっています。
      しかし、また一度、申し上げるのですが、人間の念願をいうものは恐ろしいものです。ひどく言うと、
      怪物のようなものでしょう。それに、この様な種類の念願が随分出てくることで、人間世界より一層高い
      ところに位置する私の事務室に溜まる程なら、すでに人間界とその下の暗黒世界には、
      ぎっしりと厚く敷かれていたと見るのが正しいのです。魔王もその赤く黒く悲しい念願の重さにやたらに
      押さえ付けられ、もう眠っていられなかったのです。
      ご存じでしょうが、この報告を終わりに、魔王の餌食になってしまった私達の情報員のラミエルの伝言によれば、
      魔王は深い眠りから目覚め、すぐに全ての状況を認知し、彼らの祈りを聞いてあげることに決定したという
      ことです(ラミエルの報告の中に不審な部分は、魔王が彼らを可哀相に思い、一緒に涙を流したということです。
      情報員の身分が発覚するのを、暫らく恐れていたラミエルの情緒不安から起因された判断錯誤であったと
      見ることもできるでしょう)。そして、魔王が受けることにした代価は、霊魂でも肉体でもない、彼らの
      瞳だったのです。魔王は瞬く間に第7グループの人間達の瞳をみんな手に入れ、一部は自身の傷を
      回復する薬として使用し、一部は自身が眠っていた間、暗黒界から離れず忠誠な部下達に授け、残りを自身の
      冠と首飾り、指輪、イヤリングと帯に飾り付けたというのです。


      p.88
      現在、魔王は完全に元気を取り戻し、暗黒界の秩序を再定立する作業をしているといいます。しかしながら、
      魔王の回復と彼に従った暗黒界と中央との第128次戦争の可能性よりも、私は第7グループの人間が心配です。
      彼らは瞳を失い、魔王から幸福な恋愛をすることのできる可能性も貰いましたが、丁度、余りに飢えて
      衰弱した人が急に脂っこい食物を食べることができないように、彼らは幸福な愛を摂取することができずにいたのです。
      その上、余りに弱くなってしまった彼らの心に世界の光をもう見ることができない残りの人達も2週間以内に
      殆どみんな死亡や消滅すると予想されます。致死率98%の空虚ウィルスに既に大部分の生存者が感染している
      ためです。空虚ウィルスは第6、第5グループ、ひどくなれば、第1グループの人間にまで伝染する可能性が
      あるので、中央の次元の対処法案が急を要する実情です。
      4週後、第7グループの人間の生存率は0.001%以下であると判断されます。この様になれば、7段階分類
      システムの秩序が破壊され、混乱が起こるものと思われます。指示を待っております。

      第7グループ管理担当者、アナキエル



      p.89
      緊急指令
      本指令は中央システム管理委員会直属の非常事態専門の委員会により、システム実行委員会直属の
      非常事態解決部署に伝達される秘密文章である。

      人間界の7段階分類システムの存続が危うくなった現在、本委員会は次の様な決定を下し、
      貴部署に実行命令を下す次第だ。

      1.
      第7グループの生存率が1%以下に落ちる時期を待ち、全グループの人間を対象に、また、
      抽選プログラムを実施し、既存の比率の通り、各グループを再配置する。

      2.
      現第7グループ担当者であるアナキエルはその間の働きを認定し、中央図書館の資料整理担当として、
      終身、任命する。

      3.
      暗黒階に配置されている前情報員を対象に再素養教育と適正検査を施行し、不適切な人物を追い出す。

      第128次戦争の時期は現在、暗黒界と協議中により、最小限の本指令書の内容がすべて実行される
      時までは勃発しないと予想されるが、できる限り、早い時間内に中央システムを復旧できるように
      頑張ってくれるよう願う。

      中央システム管理委員会直属
      非常事態専担委員会
      署名 省略

 

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